吹奏楽愛の構成要素とは

 

私にとって吹奏楽は、私の母校である高校を目指すきっかけになったものであって、高校生活を捧げたものでもあります。

 

 

中学生で始めた吹奏楽、私の学校はいわゆる弱小で、地区大会で銀賞を取って泣いて喜ぶような学校でした。

高校に比べたらとってもレベルが低いなぁと思うけど、当時はそれが本当に嬉しかったし、何より純粋に楽器を吹くのが楽しかった。

いろいろ衝突もあったけど、同期にも先輩にも後輩にも恵まれて、だからこそ吹奏楽大好きホルン大好き人間が出来上がりました。

よく言えばのびのびやるにはちょうどいい、悪く言えば甘やかされた3年間。

それはそれで楽しかったなぁ〜〜〜

 

でも、やるからにはやっぱり上を目指したくなって、いつしか高校は吹奏楽が強いところに行って普門館を目指したいと思い始めました。その頃は全国大会なんて雲の上で絶対に届かない夢だったけど、それを目標にできる環境がほしくなった。

 

高校2年生の時、同じ部活の先輩が行った高校がずっと西関東大会で金賞を取ってる強豪校だと知って、あ、ここに行くしかない、と志望校を即決。

そうして入った高校は、想像以上に厳しくて、想像以上のレベルを求められる世界でした。

 

全部終わって振り返ったら、やってよかったなぁって思える3年間でした。

楽器の技術や音楽の知識もそうだけど、人として大切なことを学べたと思うし、技術を磨いて1つの曲の精度を上げるという意味で最高の環境だった。

各パートにハモとスピーカー、部室にはエアコン三台完備、月一回のパートレッスン。

技量のある同期2人と後輩、世に言うライバルね。

そして先生の指導。死ぬほど怖かったけど。

これだけの環境が揃えば、自分たちの努力次第で何とでもなる、というほどのもの。

もう一度やれと言われたら躊躇するけど、あの環境であのクオリティーで吹奏楽をやりたいなとは思うよ。

 

あと精神力と忍耐力ね。一番大きな収穫かもしれない。

 

 

でも今まで生きてきた中で一番頑張ったと胸を張って言えるほどの努力を以ってしても、全国大会には到底手が届かなかった。

高2の西関東大会金賞は、はっきり言って先輩達の功績であって自分のものじゃないし。

高3のコンクールは県大止まり。正直これまでやってきたことに何の意味があったんだろうって思ってたし、何よりそれまで私たちのために何もかも費やしてくださった先生に申し訳なかった。いっぱい怒られたけど。理不尽なこともたくさんあったけど。

結局私は先生のことを心の底から尊敬しているし、先生の指揮が好きで、先生の作る音楽が好きで、もはや信者ですね。洗脳されました。

 

私が先生の理不尽な部分に触れる機会が少なかったからこんなこと言えるのかもしれないな。

でも、99怒られても、残りの1の褒め言葉が嬉しくて、先生の指揮で演奏できることが幸せで、なんとかして先生に認められる実力をつけようと思ってた。

 

それと、イライラしたり悔しくなったりする1番の原因は言うまでもホルンなんだけど、まあそれは今でもそうなんですが、だからといって音楽が嫌いになったりホルンが嫌になることはきっと一生ないと思う。

その程度の熱量だったらあんな厳しい部活辞めてただろうし。

同期に何だかんだ音楽続けてる人が多いのはそういうことだと思ってるんだけど。

だって音楽にもういいやってなくないですか?

どこまで練習しても完璧はないし、課題ばっかり見つかるし、それをなんとかして乗り換えたくなってしまうから一度始めたらなかなか辞められない、私からしたらそういうものです。

 

 

 

そんなこんなで、私の吹奏楽愛はコンクールへの未練8割のひねくれたものになったわけですよ。

社会人になったら、一般のバンドで全国大会に出るのが今の夢です。

それまでは練習あるのみです。

ちゃんと納得いく形で終わらせたいので。

 

吹奏楽の話はいくらでもできるなぁ〜〜

もうコンクールの季節だね。

母校を全力で応援している山岡でした。

 

おやすみなさーい!

 

ゆり